新世界より (上)

新世界より (上)


新世界より (下)

新世界より (下)


厚い、長い、高いのハードカバー上下巻。好きな作家ベスト3には入る貴志祐介の新刊なんですが(の割りに買って半年以上積み)、とりあえず帯と講談社の公式サイトがネタバレ気味なのをどうにかしてくれ。超能力云々は事前知識として全然オッケーだけど、上巻の中盤部分で明かされるとはいえ、最初の山場である舞台説明を平気でバラしてるような・・・。ついでに超能力・ファンタジー繋がりからか推薦文で和製ハリーポッターみたいなことが書かれてまして、残念ながらハリーなんたらは原作も映画も未読なのですが、こんなクトゥルフ漂流教室に出てくるようなクリーチャーがバカスカ登場する作品なんでしょうか。どちらかというと千と千尋に近い気がする。大体超能力(魔法)・ファンタジーという2つの要素だけでハリーポッターなら世のライトノベルは9割がハリーポッターですよ。


と思ったら「ハリー・ポッターを超える傑作ファンタジー」だった。でも舞台的にSFだよなコレ。以下ネタバレ。




今回はジャンル的に貴志祐介にとっての新境地なわけで、イマイチだった狐火の家の再来だったらどうしようかと心配していましたが、杞憂に終わったというか、そもそもこの人に短編は向いてないのだと思います。舞台説明に費やされる上巻前半部分は正直タルいものの、中盤のミノシロモドキとの出会い以降は話がどんどん動いていくので、長さもほぼ気になりません。舞台設定から読み取れる伏線と、貴志祐介得意の謎が解かれるたびに増していく怖さ、そして過剰なまでの昆虫偏愛と、素晴らしいまでに貴志祐介でした。貴志祐介の書く怖さってのは「理詰めで何となく想像が付くぶん明確になるまで嫌なイメージが膨らんでいく」ところにあると思うというのはまぁ今思いついたフレーズですが、消える子供、操作される記憶、禁制区、閉鎖社会、異常価値観と、嫌な想像をいくらでも思いつける装置が組み込まれているあたり、SF・ファンタジーでありつつもやっぱり本質はサスペンスホラーなんだと思います。ちなみに上巻後半で中庭の実態が明かされるまでは、呪力のない人間が中庭の煉瓦小屋に運び込まれて改造を受けた結果生まれるのがバケネズミだと予想してたんですが、ハズレというかニアミスでした。でもわざわざ不浄猫生成だか育成だかの立ち入り禁止区画を学校の中庭に配置する大人たちの考えが理解出来ない。子供相手にそれは「見るなよ!絶対見るなよ!」と言ってるようなもんじゃないすか。


しかしそうした怖さより、何より本書が貴志祐介たらしめているのは、結末における後味の悪さでしょう。主人公は大人たち(下巻中盤からは主人公も既に大人ですが)も知らない「真実」に辿り着くものの、現状は何も変わらないあたりが。またスクィーラの「勝てば官軍」理論こそ、勝者によって捏造・隠蔽された歴史というこの本のテーマの1つにあたるわけですが、その理論を持ち出すあたりやっぱり「バケネズミ=無能力者」においても本質は呪力を持った人間と変わりなく、今は呪力持ちが普通の人間を支配下においているものの、1つ違えば逆の状態も当然あり得たわけで、超能力者と普通の人間は絶対に相容れることなく、争いを繰り返すどちらの存在も愚かだと。ただ惜しむらくは最後の最後で主人公の早季が良い感じにまとめようとしてるのが気に食わないといえば気に食わない。そこはお腹の子供が無能力者だったとか、将来悪鬼になって今度こそ町が滅びるのだったとかするべきでしょう。イソラ的に。


そして昆虫編愛。天使の囀りに続いて狐火の家でまた蜘蛛ネタが出てきたので蜘蛛が好き過ぎるのだと思ってたんですが、どうやら蜘蛛じゃなく虫全体が好き過ぎるみたいです。東京探索での虫が出てくるたびに挟まれるミノシロモドキによる解説はいらねえだろアレ。床一面に異常進化した昆虫類が蠢いて、天井一面には蝙蝠かヒルが群生、壁からはダニの集合体が襲ってくる、そりゃ主人公(女)も「進みたくない」って言うよ。世界の命運がかかっててもヤだよこんなの。


あと貴志祐介といえば「最近のエロゲーは泣けるんだぜ」でお馴染みの、ローゼン麻生ならぬ鍵系作家なワケで、今回も無駄にゲーム・漫画系の小ネタがあって面白かったです。狩猟者と呼ばれる超能力者の略奪集団が何故か自動二輪を好んで使い集落を襲っていたとか、戦国無双完全攻略ガイドとか。


好きなキャラはスクィーラ。基本的に敬語で通すキャラは好きです。まあ部下に対してとかは普通に命令口調なんでしょうけど。主人公の早季はまあ可もなく不可もなく。ただ




「わたしは、目を褒められることが多い。たぶん、他に褒めるところがないからだろう。目に光があるというのも、よく言われることだが、もし目に光が全然なかったら、その人物は、間違いなく死んでいる」


この台詞だけはなかなか至言ですね。直前に読んだ化物語は全編こんな切り返しで構成されてましたけど。